やすらぎの古里

河内西国巡礼記 五

  山野としえ


 第五番布忍山大林寺、松原市北新町一丁目

 先に参拝しました第四番多聞院も布忍山、この第五番大林寺も同じ布忍山、所も松原市南新町と北新町、ちよぼっとしか離れていません。本日はこの大林寺さんの新しい二階の、古い絵襖と古い屏風と掛軸に囲まれて、昼食をさせて戴きました。

 ご本尊十一面観世音菩薩は、身の丈一七〇センチの桧の一本彫で、平安期の作とのことです。お顔もお体も大変痛んでおわしまします。乱世を生きてこられたのであろうと昔が偲ばれてなりません。

 法語、念彼観音力。十一面観世音様、どうぞお力をおかし下さいませ。よく鳴る鈴を頂載しましたから、友、病気なのです。

 第二十番峯条山楠妣庵観音寺、富田林市甘南備。楠木正成公夫人の庵室で、夫人が楠公亡きあと十六年間住まわれた所です。観音寺本堂にて例の如く心経をささげ、草庵の四囲をめぐり、観音堂の小さい持仏を拝みますと、その左側に玉垣を繞らした中央に、小判形をした土饅頭が、深緑に苔むしてその上にうすい平石を一枚のせ、子供が石を積んで遊んだままのような可愛らしい、それはそれは小さい五輪の塔らしきものが、一基のっかっているのです。一度見たら忘れられない程、それはさり気なく、ささやかで小さく優しく、それでいて淋しい存在感を示しています。

 楠公夫人て、こんなにも謙譲な心の方だったのだろうかと思えてなりません。

 今日巡った八つの寺の中で、私の心に最もしみたお墓の姿です。

 山の色も清く、身も心も清浄の境地です。特別客番、神下山高貴寺、南河内郡河南町山の中、平石峠にあります。昨年河内飛鳥十五ケ寺巡りの中の一寺なので、本日は二度目の参拝です。いつきてもいい所、若坊さんは前の時も山仕事をされて私達を見とめると、気さくに迎えてくださり、後には僧服に替えてよき接待をして下さいます。

 正面大界外相、側面禁女人入門内、と彫った石柱。今大界外相の彫りを忘れたので、河内どんこう十六号に書いた下書を調べてみましたら、こんなことが書いてありました。

 ”ここは女人禁制?山門を見上げると四脚の鐘樓で、皆一列に並んで、一つづつ撞いて通られます。

 「この鐘の数をかぞえて、庫裏で参詣の人を知り、お茶の用意をされますんや」

 奥野さんの説明。

 うまいことできてるなあ。昔の人は何と心にしみることをしたのだろう。鐘に声あり、人に心あり、打てば響く音あり音受けとめる心あり”

我ながらうまいこと書いてあるなあと感心して恥かしくて一人笑う。

       つづく


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