やすらぎの古里

河内西国巡礼記 四

  山野としえ


 第六番大宝山法雲寺

南河内郡美原町今井寺は黄檗宗なので、山門も大殿も総て屋根の棟の両端に瓦の鯱か鴟尾がさか立しています。足元の敷石は魚の鱗のように、角石を角つなぎに敷かれ、幾何学模様と中国式を感じきせます。

 広い静かな境内に、色とりどりのつつじが、今咲きほころうとした静寂の中に、満ち満ちた力を感じさせ、沢山ある紅樟の新緑の紅と相呼応し、真に禅境とはこうした境地をいうのではなかろうかと思うたことです。

 開山は長州藩士小田氏の第五子と、故に、長州太守毛利元就公の信仰厚く、後、萩城下の護国山東光寺の開山となられたそうです。大殿には、三千三百三十三体の仏像が金色燦然と昔は、今はいささか古色蒼然と並びおわします。

 こうした仏前でいつも誦している、般若波羅密多心経とは、僅か二百六十字の短いお経です。この短い経典は空の思想、心にこだわることのなき思想を説かれています。

人間関係一切のこだわり、醜いものを捨て去り、いかなる思想にも主義にも、捉われないのが般若心経なのだそうです。私はいつもこの心経をあげ、空の思想を持ちながら、心にこだわることのない時を持てないのが、とても恥かしく思っています。

 般若心経を誦して、心の平静を願い、人の苦しみの少なからんことを願い、そして又わが身の何らかの願いを願い、常に迷い多き凡婦さながらの心の内をのたくって、いつも何らかの願いを持って誦しているのが実状です。

 この寺の法語、波羅密多は、生死輪廻のこの岸から理想界の彼の岸に到達すると(広辞苑)深き智慧のきわまりをおさめ給いき(友松円諦)

 きわまり即ち禅の悟りを開くことでしようか?

 第四番布忍山多聞院 松原市南新町一丁目、細い路地をたどった先に、小さい山門が新樹におおわれています。

 門前に七十三代堀川天皇勅願、多聞天皇と彫られた石柱が建って、門内も両側に植込みが続いて一人づつ、心を浄めて歩むのに格好の道を作っています。

 堀川院の御代熊野永興律師開創とありますが、熊野山永興禅師は東大寺第四代別当と、史書に見える人物もあります。三百年を経て同じ人物らしき?同名の偉い坊さんもおられたものと思われます。

 小さいお堂に押し合って心経を誦じ、堂を取りまいて建立された、西国三十三ケ寺、四国八十八ケ寺のご本尊の石像が安置されているのに参拝。

 法語 衆病悉除身心安楽

 ご本尊薬師如来は、大衆の病いをことごとく除き、身心共に安楽の境地をお与え下さいますと。

        合掌。


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