やすらぎの古里

河内西国巡礼記  二

  山野としえ


 第一日目の四番目にお詣りしたのが、特別客番福聚山慈眼寺、″野崎参りは屋形船でまいろ″と歌われたようにこの寺は大東市野崎にあり、ご本尊十一面観音様は野崎観音といい、眼にご利益のある観音様だと、私は教えられています。なぜなら、有名な西国三十三番札所寺にお入りになるべき所、ご本尊様いねむりをなされていて、集りのおまにあわれなかった由。

 ″いねむりの観音と聞くあたたかき″いい句ですね、青々の句、私の師の師なのです。麗かな春日和に誘われて、桜は四分咲き参拝客は大勢。お寺さんも祈祷やら、赤ちゃんの寺詣りやら、お宮さんの落慶式やら、午後から稚児衆のおねりがあるとかで、大変お忙がしく心も空のように見受けられ、こちらもうろうろ有難さもうろうろ、それでもここで昼食をさせて戴きました。

 ある話、娼婦は仏前にぬかづいて、菩薩の温顔に打たれ悔い改めようとした。その後現れた、余りにも社会化した僧の、身分的差別の言動に絶望して、もとのしたたかな娼婦にもどった。と、

人は皆吾が師、いかなる時でもいかなる者にも人は総て謙譲でなければならないと思います。

第二十六番鷲尾山興法寺(東大阪市上石切町)信貴生駒スカイラインより降ること何丁?コンクリートブロックを並べた足場の悪い、急板の磴を行きはよいよい帰りは大変だなあと、脇目もふらず下って、ようやく清水湧く手洗場につきます。

このような山寺は大抵役行者か行基菩薩の開基です。ご本尊千手観世音、又生駒聖天より古い秘仏歓喜天も安置されています。一同思い思いの場所に腰をおろし、心経を奉り、涼風と山気に肌と肺を浄め、しばし新鮮な酸素を供給された血液が、体内を駈け巡って体の疲れをほぐす、心身共に健やかなひと刻です。この寺の法語、実修実証を、身を持って体験したことになりました。おかげで登りは案外楽に短く感じて車に帰れたことです。暫く車が南行して、暗峠の標識の所で下車、今を去る五十年前、女学生の頃、一度訪れたことのある峠の自然石の石敷の上に足をのせ、難波宮より平城京への宮道。幾多の人の踏みへらしたる石の表の艶、千三百年の昔に、今まみえる懐しい思い。役行者も踏み、行基も道鏡も弘法も官人も、そして今私達も!

 第二十四番髪切山慈光寺(東大阪市豊浦町)本尊神変大菩薩、役行者開基、開山堂には一本歯の下駄をはいた行者の尊像を祀り、不動明王の前には、去る十八日戸開式の大護摩壇の名残り、杉丸太の井桁が残っていました。

 樹木鬱蒼とした暗峠は今明るく、スカイラインよりの河内難波は春の霞に包まれて、海上遥かに続き、さながら福聚海無量の如き眺めでした。

(幸福と長命が計りしれない程大きい)第一日終り。


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