やすらぎの古里

河内西国巡礼記 十七

  山野としえ


 第三十一番寿量山円通寺 東大阪市森河内

 本堂も新しく厨子も新しく、昭和四十五年竣工のコンクリートの寺です。椽には明るい色のタイルが張られて珍しく、皆「いいね」と話されていました。寺の住職さん曰く、

 「奥野和上が『寺の大小は変らない』といわれます。この河内三十三カ寺の中でも、勝軍寺さんのような、天皇の勅願寺もあれば、私共のように檀家立の小さな寺もあります。寺の大小はいわずその寺の住職の心が、寺を大きくも小さくもする。明るくも暗くもそして広くも狭くもするのです」と或るほど。ゴム紐の通った腕輪の数珠を頂戴する。よく数珠を失うので、誰か腕にはめていられたのを見て、欲しい欲しいと思っていたので大変嬉しいです。

 本堂の横手に、別棟の観音堂があり、厨子を開扉して下さり拝む。森河内の十一面観世音菩薩立ち給う。昔四天王寺に安置されたのを、円通寺住職になられた上人についてこられたと。¢ォの観音と申し上げ、足痛の長あい友、長あく拝む。 法語 念念勿生疑、今日こうしてお詣りさせて頂き、無事生きさせて貰っていることに感謝いたしましょう。

 第三十三番 百斉山長栄寺 東大阪市高井田

 昔、私がまだ若かった頃、高井田の装飾古墳なる言葉を耳にし、こんな街中にも古墳があるのかと思った、東大阪市と柏原市にある同じ高井田が高井田という地名を頭に印象づけられたのが始めてです。

 長栄寺は河内飛鳥十五カ寺巡りの際一度お参りしています。その時は本堂修復中で上堂させて貰えませず、だから今日始めてのような気がします。前は山茶花が沢山咲いていましたが、今日は紅白の萩が咲いて≠あもうお月見だなあと思えたことです。内陣の前の広間の天井一面に紫紺地に金泥の龍が画かれています。江戸中期の高僧慈雲尊者がこの寺に住し本坊裏に双龍庵という尊者座禅修行された建物が残っています。

法語、慈悲の心、常に持ちたい心です。

 第三十二番伽藍陀山延命寺 東大阪市菱屋西

 本堂に昇るや目の前に丈六の地蔵菩薩鎮座ましまし度肝を抜かれる思い河内にもこのように大きな地蔵様がおられたとは思いもよらず、関金の地蔵尊のようです。衣紋に彩色が残っていて、鎌倉時代作とのこと。「地蔵さんは、地の蔵と書く、汚物をいくら垂れ流しても土地はそれを浄化し、ルビーになるか宝になるか。地蔵さんはそんな方です」と、奥野和上のお話

 本坊へ続く一角に布施観音を祀り、納骨とお仏壇が並び、広間で丁度空腹の時、菓子と薬草茶を戴く。宝印帳に記入の参拝日、一日ずれて二十七日と書いたと、すかさず長あい友曰く、「二十七日は無難の日という」と有難し。法語和顔愛語、七番壺井寺と伺じ。


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