やすらぎの古里

河内西国巡礼記 一

  山野としえ


 昭和五十七年三月二十八日、日曜 快晴

 昨年の河内飛鳥十五ケ寺を巡拝し、その荘厳と古さと、そして自然のやすらぎとをしみじみと感じ、生来、心の底に横たわる怠惰にはばまれて、足を運ぶことのなかった、己の未熟なる行い大いに反省。人生の一歩は足元からと、この度、やお文化協会主催、奥野俊雄勝軍寺住職のご先導にて、河内西国巡礼の第一歩を、好天に恵まれて、今日踏み出すことになったのです。

 先の河内飛鳥巡拝記は相変らず感受性の退化した老脳から、つまづきつつ発する命令を、ようやくペン先に綴って「河内どんこう」十六号に、掲載しました。

 河内西国巡礼は、最も身近に、ほんそこここに在します隠れた古い由緒を持ち、しかも地元の人達にさえ忘れられようとしている、こんな所にこんなみ寺がとの思いをこめ、役の行者がこもりし窟、行基菩薩の歩かれた道、弘法大師が杖をひき給い、幾多庶民が越えた峠の寺々の認識を、新たにしたいと願って、貧しい紀行文を、書いてみることにしたのです。

同行十七人、一番初めにマイクロバスが止まったのは、第十番恵日山千手寺、東大阪市石切町にあります。開山役行者、ご本尊千手観音、黒光りの立像が千手を背に持ち、その千手を広げて、われわれ悩み多き衆生を救い給うお姿です。この寺の教えは無畏。仏はいかなる大衆の中にあっても、泰然自若として何の畏れるところがない。と、我々は如何?

第二十八番瑞雲山大龍寺、東大阪市日下町聖徳太子開基、古来より厳松寺と号し、俗に日下の観音と称される十一面観音が、村人の尊崇を集めています。昔大阪の豪商天王寺屋吉兵衛の寄進にて堂宇再建の由。奥野師曰く「昔住友の番頭十五人?に、当主が財産調べを命じたところ、そのうちの一人が神社の奉納寄進を調べて報告。財産は持って死なれないけれど、奉納は弥陀のお救いがあります。」と、なぜ?「閻魔さんに、ちよっと一言仏さんから助言がありますがな『あれはええことしてんでえ』と」一同の顔がほろこびました。仏の助言を信じましよう。平常心是道と。

 第二十九番正覚山菩提寺東大阪市善根寺町古えより寺号を善根寺といい、聖徳太子建立、その寺号を持って町名となっている古い寺です。河内にはこうした寺が数多くあります。八尾市の中部にある浄源墓に、立派な像のある楽山上人も、この寺に和歌を遺しておられ、本堂前の庭には、樹齢三百年といわれる柏の古木があります。

 古い木は人の心に悠久の安堵感と、菩提心即ち仏徳が満ちているように思われます。善根は菩提につながることを、吾々はゆめゆめ忘れないようにしたいものです。


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