木曽路  いつになく此のたびは、小人数の木曽行きとなり、貸切りバスは、がらがら。首をのばして、バスの中を見回しても、同行十三人の頭がチラホラ。お蔭様にて皆一人ひとりの自由を獲得する事が出来、それぞれの思いに、そしてそれぞれの眠りを、むさぼる事に堪能したものです。

 いつも、ちょこっと下手な俳句を作って、其の日其の折の思い出に、又日記がわりにしておりますが、此のたびは以上のような好条件に恵まれて、割り合沢山出来たんです。まだ新客の悲しさ、人様の鑑賞に耐えるものではありません。何せ五・七・五、その辺で見た文句を並べただけで手軽に一句メモと鉛筆さえあれば、何とか、光景が目に浮かぶと言う代物です。

それでもその下手な俳句を並べて、一つ木曽路紀行と、しゃれて見ましょう。強心臓を発揮して。

 俳聖芭蕉のように、一字一句もゆるがせにせず、考察に考察を重ね、苦吟して後世に残るような?そんな大それた思いもなし、舌頭に千転させてなんてなかなか。

 舌頭に二三転させるだけで終る、駄句ばかり。何だこんなもの俳句かと思われる方は、お笑いを。

こんなに簡単なら、今度旅行に出た時、自分も一つ作ってやろう、と思って下さる方が一人でも現われたとしたら、まんざら世の中も、捨てたものではごぎいません。

 五月十四日 晴 出発進行

 京をめぐる山ふところや竹の秋

 宿場と云う山新緑の馬籠かな

 宿場町木曽は山国四囲青葉

 新緑の樹海の上の木曽路かな

 さゝ流れ川に若葉の匂い満つ

馬籠で車を捨て、せっかく木曽に来たのだからと、全員妻籠へ向けて歩く事になったのです。

 ぼたん盛り馬籠藤村記念館

藤村記念館は、もと木曽十一宿の一つ、馬籠本陣のあった場所です。

門を入るとすぐ梅の古木が新緑の枝を張り、左手に見事なボタンの花が、白っぽい大輪が、見学者の目をひきつけます。藤村文学史料が沢山あったのですが、何分字盲チラチラと横目で通り、里見八犬伝の原本があったなあ、本の記憶は唯これだけ。

 馬籠宿江戸へ八十里もちつゝぢ

 鴬や山又山の中山道

 遠き山より雷神の来る峠

京へ五十二里半、江戸へ八十里と彫った碑の前で、素早く日本地図を頭の中に広げて、今立つ自分の位置を確め、リード会(八尾高美術クラブOB)の方々が早くも、スケッチブックを開いて居られます。

 卯月雨遠き山より雲沸きて

 五平餅幸と緑を味ひぬ

 五平餅峠の茶屋の若葉雨

 遠い山が雲に揺れて、だんだんと雨足が近づいて釆ます。人々は三三五五、どの道を行こうかと迷っていますと、五平餅を買って、一団が追いついて来られ、一と串づつ貰って頬張りながら、耳には下の谷で鳴く鴬を、目は四囲の緑を、肺には新鮮な空気を、五官を浄め何て幸せな時でしょう。立ち止って幸も噛みしめます。

 五月雨しばし峠の炉端かな

山の中で大粒の雨が降って来たので、どうしたものだろうと思いつつ、ハンカチを被ったりして急ぐと、丁度峠に一軒お土産店があったのでやれやれ、雨宿りして炉端で休息させて戴く。

 「何時になればバスが来ますから。」の店の人、

 「一度民宿のまるやに、電話入れて見たら。」文化協会の大将、

 「え!もう車が迎えに出たって?」 一同、「あゝよかった。」有難や運転手さま、やっと心も腰も落着けます。

迎えに到着した運転手さんが、

 「皆さんを馬籠で降してから、まるやに電話したら、『雨やからその侭こちらへ直行したら、』と言う返事ですねん。」

 「もう皆降りて歩いたはりまんがな。」一同大笑い。

 お茶受けに木曽は茄子のもろみ漬け

 大雷二階ゆすりて妻籠過ぐ

 山の宿肩寄せ合いて聞く雷雨

大雷が一つ二つ二階にいる私達を小地震のように、ゆすって行ったのです、本当に吃驚、その近さと烈しさに。

 とんとんと機織る窓に花さつき 民宿まるやさんの二階には、古い道具が所狭しと並べられ、機(はた)織りや糸繰りの場面を撮しに泊って居られる夫婦の人が居り、私どもも機に腰掛けて、母を偲びながら撮して戴いたりしたんです。

 五月雨止んで瀬音のよもすがら

 十五日晴、お茶受けや食後に戴いた漬物のおいしさに、お土産に頒けて欲しいと申し出たのですが駄目でした。自家用のみとて。ところが朝バスに乗る前に、今夜の宿へ着いた時のお茶受けにと、一包下さり、バスに乗ってから、私 「一寸待って頂戴ね。」

 「忘れ物だっか。」

あたふたと降りた私は、この家の86歳のお婆さんの、手作りの民芸品、木曽駒を買わないでは、やっぱり心残りで帰れなかったのです。

馬籠宿 前日、峠の雨宿りで皆色々な駒を買ってしまっていたんですけれども、少しのけちで悔を千載に残すような気がして、たった三百円の箱を胸に、

 「済みませんこれで気が済みます。」

 「は!やっぱり買いますか。」

 木曽田植老婆子守りの駒造る

 早苗植うる木曽は坂道山の中

 咲き盛る藤を支える鯉が岩

 苔むした水車に溢るゝ清水哉

 真清水に廻る水車の音間遠う

鯉が岩は木曽三名石の一つだそうです。草木花は目を見張るほど鮮明です。

 お城山一重山吹鴬や

 鴬を聞きつゝ登る妻籠城

 脇本陣夏炉に燃ゆる大丸太

 夏炉端足置板や主の座

総桧作りの脇本陣林家=屋号奥谷(おくや)=(明治十年建築)藤村初恋の人おゆふさんの肖像画、藤村の兄の子、姪の駒子さんの手筆。四十二才の藤村は大正二年この姪の駒子さんを妊娠させています。五人目の愛人として。

△一人の姉を失いて大宮内の門を出で今日江戸川に来て見れば、秋は淋しき眺めかな、桜の病葉黄に落ちて往きて返らぬ江戸川や、

流れ行く水静かにて、歩みは遅きわが思い、川のほとりの草を敷き頬笑みて泣くわが身かな▽

 この詩は「お葉」の終りの方です。余りにも有名な「千曲川旅情のうた」はさて置き、何人かの女人を愛し、そして何人かの人を泣かせなければ、このような詩が出来ないのでしょうか。だとしたらこの詩は多くの蔭の女人達の叫び声ではないかと思われます。

大きなものゝ下には、いつも沢山の土台の支えがあるという事を、忘れてはなりません。偉大な藤村を育てた馬籠妻籠にも、じっと耐え偲んだ幾人かの女人のあったと言う事を。

 馬籠妻籠古りし軒端に咲く牡丹

 空しさを秘めし妻籠の青葉哉

 のびのびと飛ぶよ妻籠の軒燕

馬籠妻籠は古き土地、その物憂いような静かなたゝずまいと、若き旅人達の、色とりどりの装いが、生き生きと行動している姿とを、並べて見る時、すごく取り残された古きものの空しさを感じます。

丁度あの世の近い老いた老が、若者達を眺めているような、隔たりと、空しい異和感と、再び調和し得ない時代感覚のずれが。

 永保寺虎渓の庭の滝の青

木曽路をあとにして今宵の宿、鬼岩温泉に赴く途中、美濃国の名刹永保寺に立寄りました。この寺は正和三年(一三一四)夢窓国師開基、北朝光明天皇勅願、鎌倉期の一重裳階(もこし)入母屋造り桧皮葺の国宝観音堂があります。前庭の池に、無際橋と言う古びた木橋が掛けられてあり一同少憩、塀は瓦挟みの土塀で、誰か「瓦十四枚積んでましたで。」の声、閑人も居ります。

 鬼岩を巡る洞穴若葉風

 鬼岩温泉泊り、到着後女全員、若い?男性二人と鬼岩公園巡りをしたんです。盲蛇に怖じずの譬どおり何も知りませんから、最高年令七十五才、下駄ばきありで出かけたものゝ大変な所で、鉄梯子(ばしご)あり木梯子あり、大岩渡りあり、這うやら伝うやら、男二人と最年少の女性一人は、洞穴を潜って行きやっと老女四人その入口に辿り着いて、中を覗き込んだが真暗で何も見えないのです。

 「とても駄目ここはよしましょう。」引き返そうかと思ったのですが、逆さまに這って降りるのはなお大変、ままよ穴潜りだけ止めて、外の崖を這い這い、其の上男性の写真機を背負わされるやら、それでも頂上の蓮華岩にやっと、無事立つ事が出来たのです。

誰か日く

 「日本アルプスの頂上をきわめた心地やね。」

温泉に疲れを癒し、八時夕食、

「行きましょうか。」の殿方の誘いはなし、部屋は空っぽ、

「変ね、いつも誘って下さるのに。」さて食事室、

 「一日おくれの母の日として………」

御大将自ら下座に直って御挨拶、一本のカーネーションを床に活けて、何とも心憎い演出、女たる者母たる者、泣かされるじゃありませんか、母性本能をくすぐられて。

 母の日や女上座に坐らさる

 「来年から旅行は母の日に定めましょうか。」なんて言いながら。

 十六日 晴

 「これから愚渓寺に行くんですね。」

 「そんな所へ行くのかね。」と御大将不思議な顔。

 「予定表に書いてましたよ。」

 「知らないね、A君帰ってしまったから。」

 昨夜事務局長さんがお帰りになり、後に残ったやお文化教会車(フロントガラスに書いてました。)キリストの使徒十二人、水先案内を失って、何ともはや情けない話、唯々車はこままかせ、運転手さんまかせでバス発車。

 案内乞う魚板の響き安居寺

 花さつき訪う人のなき禅寺哉

魚板叩けど人ひとり来らず、大寺無人、本堂に上って礼拝し石庭見学、多宝塔を仰ぎ、こゝ大智山愚渓寺臨済宗妙心寺派、又少し離れて、今度は、大寺山願興寺、天台宗、正暦四年(九九三)一条天皇勅願薬師如来が蟹の背に乗って池に浮かばれ、その方を秘仏薬師如来の腹中に納めてあるので、別名蟹薬師とも言います。

 蟹薬師覆う新樹下荒れ果てゝ

 青嵐御仏宝庫になじまれず

 他家に頭けられた居候のように、古い重文の仏たちは鉄骨の白い宝庫に、落着かず立って居られます。

午後予定を変更、伊勢路を辿りお千代保稲荷に参詣し、門前町で又々いらざる買物、

しかし殿方のお買物は車へドサリ蓮根何s、蕗何束、

 「何にしやはりますのん、そんなにどっさり買って。」

和尚曰く。

 「三日も遊ばして貰いましたによって、これは仏さまへのお土産」

 「へえゝ、さすが和尚さんでんな、一味違いますがな。」

 御仏の土産忘れず蕗蓮根

此のたび参拝の三力寺は総て禅寺です。そして玄関なり門なりに、現世を解脱せざる可からずの、名文句が書いてあったんです。

門に掲げて曰く「無門」

玄関「達々来」橋は「無際橋」

我々凡人は禅の無門くゞれず、唯々月並でこそ、これ私です。

帰りはひたすら車は名阪を走り、人はひたすら眠る。私はひたすら果てしなく続く道を見ている。

 運転手さんはひたすら走る。眠ってなんかいられない、一人でも起きていないと済まないような気がして、私は眠い目をかっと見開いて、ひたすら道を見ている、上手な運転も多分に芸術的だなあと、感心しながら。

 吾々は短い人生行路を、このように前ばかり向いて、ひたすら走っているのではないだろうか、とふと思う、たまには振り返っても見なければ、あゝ道は後ろへ後ろへとんで行く、何も残さないで。

俳句も終り、脳も空っぽ、旅も終り、幸せな夢を残して振り出しへ。

八尾帰着。


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