大阪駅前第二ビル

大阪駅前第二ビル

伊殿 たま
 「大阪駅はいつも東口へ出るから、こっちへ来たら分らへんね。」

 「乗ってる時には、マルビルこっち側にあったと思うたのに、ビルが見えないと、方角が狂うてしまうわ。」

 「自動車が沢山走ってるから、あっちへ出るのじゃない?」

 「いっぺん聞いてきますわ。」

 若くて、少し太くて、元気そうな婦人が、それでも軽やかに、薄い絹のスカートを、ひらひらさせながら、精算所の窓口へ走っていった。

 「ここを突き当って、左へいくと出口ですって。」

 「有難う。大阪駅の前をすぐ、自動車がごつごつ走っていることないわよね。駅前には広場がある筈なのに。」

 「ああ!あそこ駅の出口ですわ。

陸橋がある。ああ!マルビルも見えた。」

 「陸橋を渡ったら、まだ向こう側へ、車道を渡らんならんよ。階段のない所を渡ろうよ。」

 年寄りのへなへな女は、さも上るのが大儀そうに、あたりを見廻し、若いのとうなづき合って、駅正面の路面を、マルビルに目を止めながら、長い横断歩道を、前をゆく人波におくれながら、しずしずと渡っていたら、途中も中ばで、赤信号に変り、二人で手をつない

で、あわてて向こうの歩道に走る。

「青信号の途中で渡ると駄目ね。」

 「今度から、いったん赤信号を待って、渡りましょうね。しんどかった?」

 「ううん、大丈夫だけど。行く先の案内状をよく見てね。貴女がたよりなんだから。」

 「第二ビルやから、マルビルの隣りぐらい、まかしといて、あああのビル、第三ビルて書いてある。」 「へえ!そしたらあの隣りの四角いの、第二かな、大きなビルが建ったもんやね、大阪も。おもちゃのように長い電球が、椅麗に並んで灯っているわ。中は働いているわけね。」

 「ちょっと、すみません、第二ビルはどれですかしら。」

 案内の責任感からか、高年者を迷わすのを、可哀想と思ったのか、少し若いのは、お上りさんの恥かしさもかくさず、堂々と若い娘さんに、ビルを尋ねている。

 「このマルビルの向こうですって、ああこれこれ、第二ビルて彫ってある。」

 ちょつと間をおいて、

 「ほんと。」

 「どの辺かしら。」と、

 ビルの前で、又案内状を拡げて二人で覗き込む。

 「一階の外に面しているから、外側を一巡して見たらどう?」

 「案内板があるある。」

 「噴水の画がかいてあるね。」

 「噴水があるのは外でしょう。」

 「そうかしら。」

 噴水のある所へ出る、噴水はビルの中央の広場にあった。

両側のお店は、シャッターのおりてる所が多く、がらんとしている、入居がまだか、開店がおくれているのか。

突き当って、反対側の通路にでて、左右を眺めていると、

 「あああそこ、タナカと書いてますわ。見えますやろ。」

 やはり若い目は素早い、老いた目は、うろうろとうつろのようだ。

 京田信太良画展

 「こんな見えにくい看板にせんと、もっと人の目を引くような、どぎつい看板にしたらええのに。」

 「ほんとうに、こんな薄い鼠色では目立てへんわ。」

「京田さんらしいわ。控え目で、

でも落着いた柔かい色ね。」

 「今日はー」

 「今日は。」と

 京田さんご夫妻と挨拶を交し、

 「ああお美味い。」と

 お茶を戴く、

 「なんせ、こんな賑やかで、目うつりのする、ハイカラな場所は馴れませんので、キョロキョロ、ウロウロしてきたので、喉が乾いてかわいて。」と、

 言い訳けをいいながら、二杯目をたのむ。

入れ代り入れ代り、若い女の人、中年の男性、と入ってきて、夫妻は、その応接にいそがしい。

 「随分人が来やはるのね。」、

 「学校の先生もしたはるし、事務所もあるし、顔が広いのよね。

それに第一、人が好いもの。」

 二人は画を見ながら、ぶつぶつと、小声で囁き、

 「芳名簿も三冊目ですよ。」

 「へえ、貴女ようみてるね。」

 「随分いゝ価がついてますね。」

 「真実、私なんか手が届けへん」

 「この赤い点がついてるのは、売約済のしるしですやろ。」

 「そうねえ。それに京田さんいい色合いのカッター着て、一と色合わしたズボン、目立たずにそれとなく柔く、しやれた服装やね。」

 「よう見たはるね、さすがにそんなとこまで。」

 「そういうところが気になるのよ、女やもん。」

 画は三十三点。吹雪の中の黄色いフードの子供、横ざまに降る雪、白いフードの子供、白い燈台、飛び立つ鳥、枯木と雪の中にたたずむきょうだい、ピエロの親子、リボン、笛、白い馬、白い鳥、

こんな題がついていて、皆存在するのは子供ばかり、そして緑色の鳥を抱いている子供が多い、鳥ばかり枯木から雪の中へ飛び立っているのや、白い鳥がいるのやら、

 「何だか冬の景色ばっかりみたいですね。」

 「僕は春のつもりで書いたんかな。」と京田さん。

 「へえ!そうですか、春でもまだ北国は雪が降って寒いですけど何だかとても、幸の青い鳥を、求めているようですね。」

 「僕はとてもみじめな子供時代を、送っていますから。」

 「淋しそうで、寒そうで、子供の瞳がゆらいでいますよね。」

 「ではこれで失礼いたします。」

 「遠い所を有難うございました。」

 二人は、タナカギヤラリーを辞去し、阪急の雑踏をかき分け、七階へ。若き日の巨匠達の日本画展、を観賞する。

 明治大正の日本画と、今見てきた、昭和五十六年代の油絵と、その違い、片や実景描写、片や心象心写、半世紀の差は、巨匠達の絵も、黄ばみ老いて見えることよ。

 「子供の時は、皆ああいう風に、青い鳥にあこがれて、大きくなったのかしら。」

「………」

 「何か子供の目が泣いてるみたい、ゆれてるみたい、淋しく冷いこごえるような冬みたい、一生懸命幸を逃がさないように、けんめいに、青い鳥を抱いてるみたい。」

 「いろんな見方があるんですね。

そういえば皆白っぽい画面が、雪の降ってる感じ、裸の子供達がふるえている感じでしたね。」

 総ての画が、ふるえている。木枯しにか、吹雪にか、寒さにか、孤独の淋しさにか。

人世って、皆あんな淋しく冷い、吹雪の中を歩いているのではないだろうか。

絶望的な状況の中でも、ピエロは道化て人を笑わしながら、なお子供を人を愛しているのだ。京田さんも。

 二人は無言、それぞれの思いは果てしなくつづく。


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